「寂しがりの一人好き」の、ストレス性頭痛について
頭痛がする。(…って本当によく言ってる気がする)
拍動性のヤツと、ずしーっと重いヤツが共存しているから質が悪い。
村上春樹ならきっとこの頭痛をもの凄く的確に書いてくれるに違いない。
彼の頭痛に関する表現は、綴じて纏めておきたい位、的確すぎる。笑
「ツーサイズ小さい帽子を無理やり被せられているような頭痛」
とかね。
今読んでる小説に、この頭痛の一因を説明してくれる的確すぎる言葉があったので引用してみる。
「人間が一人で暮らしていると、語るとはどういうことであるかさえ、もうわからなくなる。
ほんとうらしさは、友人と共に消えてしまう。」
――J.P.サルトル『嘔吐』
大体研究計画書が書き上がった。いま、何人かの方に見てもらっている。
だから、入試関係には追われてはいるけれど相対的な比重は小さい。
季節の変わり目だから、やっぱり体調が崩れてしまうのかな、とも考えてみる。
それで、実家にとんぼ返りして温泉につかってきたりもした。
けれど、こうしてまた夜に眠る気になれない*1。
どうやら原因は入試にも季節の変わり目にもないらしい。
眠れない訳じゃないんだけど、眠るのがなんとなくイヤなんだ。
そんな状態に自分があることもイヤなのでそぞろに小説のページを繰る。
上で引いた、後輩の家から拝借したジャン・ポール・サルトル『嘔吐』が面白い。
「孤独とはなにか」という主題が容赦なくぶつけられてくる。
何年か前に読もうとして挫折したけれど、「孤独とはなにか」を自分なりに追い求めた年月分だけ、理解できるようになった。
実感が伴ってる必要はあんまりないんだけどさぁ・・・。笑
要するにこの頭痛の原因は、居場所の不在なんだろうな。
誰もが孤独を抱えて生きているがゆえに、誰もが他者に関心を抱かずにはいられない。
人間とはそういう存在なんだ。
私と他者の間に存在する空間にしか、私の存在はないんだよ。
私のほんとうらしさは、友との間の空間にしかないんだよ。
友がいない、なんてことは全くないんだけれど、恵まれすぎているくらいなんだけれど。
そうやって、他者に対して自分の側から外に接続する回路を開くってこと、
そのあまりに無防備な状態、生態学的な前工程―後工程の連鎖*2から抜け出していたいときもあるのだろう。
その原因は…って考えようとしたけど、たぶん因果が循環してるんだろう。
空が藍色に染まってきた。
この夜明けの放射冷却された空気だけは、世の中の色々を等しく鎮めてくれる気がして好きだ。
酔っぱらった勢いで粗大ゴミ置き場から拝借したアイボリーのチェア二脚が乱雑に置かれ、1Rの部屋に椅子が6脚、ソファが二つあったりするこの空間もこの時間が一番落ち着いている。
寝よう。
でも、なんか一日が終わって欲しくない。
いや、新しい一日が来て欲しくないのか?
両方だろう。
- 作者: J‐P・サルトル,白井浩司
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