Autreへの手紙

悩みって一言で言っても色々あると思うんだ。

「〜〜で悩んでて、相談に乗ってほしいんだけど・・・」みたいな悩みはどちらかといえばたいした悩みじゃない。
ほんとうに辛い悩みは、自分ではわかっていない悩み。
自分の中にたしかにあるのは感じるのに、それを口にする術を失った悩みだと思う。

部屋でひとりでいたらなんだかわかんないけども、胸の中に赤黒いどろどろしたものが流れ込んできて、つぎにだんだんふくらんできて、爆発しそうになるような悩み。

自分はそんなときにたいていなにかものを投げる。
ただ、今の部屋が好きすぎて、投げられるような適当なものがひとつもないのがちょっと悩みなのはまぁどうでもいい話。

「言葉にする」って行為は、思っているよりも色々な働きをする。

そこに言葉が与えられれば、この胸中の赤黒いどろどろしたものもちょっとずつ輪郭を帯び始め、凝固を始めて、少しは冷え固まる。

着信アリかなんかで、人が死ぬと喉の奥から大きな飴玉がごろりと出てくるけども、あの飴玉は少女の怨念で、人の死をもってそれが形を持って外へ吐き出され、少しずつ救済されていく、みたいな意味なのかなと今思った。

まぁ、その飴玉のイメージでその赤黒い塊は外に吐き出すことができる。

たいてい、そういう赤黒いものを作り出すような悩みとは、ひとに言えないものであったり、自分では認めたくないものであったりして、自分で言葉にするのをぐっと飲み込んだ経験のある悩みだ。
そのぐっと飲み込む行為によってその悩みは与えられていた言葉を奪われ、不定形のマグマのように心にどろどろとまとわりつくようになったのだ。

だから、その悩みは言葉にすることを拒んでいるし、与えられるべき言葉を見失っていさえするかもしれない。

そのどろどろしたものに言葉を与えることで形にし、そのさらにそれを胸の中から言葉にして引き出す。


それが、ほんとうに悩みを聞くってことなんじゃないかと思う。
(タイトルの単語の意味がわかるひとには聞き飽きた話だったと思うけども・・・;)

この旅行中、そうして、その人の心を少しでも救うこと、それができるようになれたらな、と考えていた。