イノベーションの条件:「言いたいことがここまできてるんだけどうまく言葉にならない」
大学院が始まって、ひと月が経った。
毎日、忙しいのだけれど、なにか物足りなさを感じていた。
与えられたテーマという型に、自分のこれまで蓄積したリソースをはめ込んでいるだけ、みたいな。
結局自分のリソースが増えてないんじゃないの、みたいな。
まぁ、その過程で思考はするのだけれど、「頭の中がごちゃごちゃでよくわからなくなる」という状態にあまりならなかった。
そんな折、同期が、「言いたいことがここまできてるんだけどうまく言葉にならない」となんども言っていたのを聞いた。
自分が欲しいのはそれだ、と直感した。
結局、その場ですぐ気の利いたコメントができるってことは、その問題圏について考えたことがあって、
なんかしらの答えを持っていて、つまり、既に完結したプロセスをもう一度話しているに過ぎないと思う。
要するに、新しく考えていないのだ。
大事なのはむしろ、「頭の中がごちゃごちゃでよくわからなくなる」状態だ。
その瞬間には、頭の中に新しく入ってきた知識と既存のリソースが化学反応を起こしている。
ぽこぽこと気泡をたてるフラスコを凝視する化学者(?)の期待感みたいなものがそこにはある。
その「頭の中がごちゃごちゃでよくわからなくなる」を経てでてきたアウトプットは、思考が新しい段階を手にしている。
そうしたものが、欠けていたように思う。
どうしたらいいか。
あるテーマを既に持っているツールで切り取る、それだけじゃつまらない。なにも生まれない。
ツール自体に化学変化が起きなければ、与えられたテーマを面白く料理できない。
つまり、包丁(ツール)を研ぐ砥石が必要なのだ。
というわけで、とりあえず読みかけだった、竹田青嗣『現象学入門』を読んでいる。
やっと、課題が落ち着いて時間がとれた。
こうした包丁を研ぐ時間をとらなけりゃ、結局、ただツールに当てはめて考えるだけの、
言ってみれば既に書かれたプログラムを実行するだけの物体に成り下がってしまう。
必要なのは、プログラムのスクリプトを書き換えるような体験だ。
「頭の中がごちゃごちゃでよくわからなくなる」こと、そんなコンパイルエラーを繰り返しながら、
自分の頭の中というプログラムを構築していく。
オブジェクト志向でいうところのメイン関数をごちゃごちゃにしていく。
できれば、一つのテーマという引数にいろいろなオブジェクトにアクセスするメイン関数が望ましい。
…というわけで、勉強をより面白くするために、よくわからんこと学びます。
よくわからんことを「よくわからん」と断罪するのではなく、その実用可能性を探る猶予を与えてくれる懐の深さがこの大学院にはあると思っている。
さて、来月もたのしんでいきます。