Not T.I.N.A. but T.I.A. (There Is Alternative.) ―資本主義のひとつの過程としての"社会起業"ムーブメント

(この文章は2011/10/23に井上英之『ソーシャルファイナンス』の第四回課題のために書かれたものの前半部分である。)
 90年代後半からの"社会起業"ムーブメントの背景には、ITバブルの存在があった。ITベンチャーの成功者たちが、その資産、ITスキルや経営ノウハウを社会的課題の解決に振り向けたのだ。
資本主義経済の過熱は、オルタナティブを生む。資本主義は原理的に格差を生むシステムであり、資本主義の生んだ格差はまた、そのギャップを埋めるオルタナティブを希求するインセンティブに生まれ変わる。インセンティブが格差をその原因とする以上、資本主義はオルタナティブを生むシステムを内在する、自己破壊的なシステムである。
19世紀中頃にアルトゥル・ショーペンハウアーが資本主義の生んだ惨状を悲観的に記述していたころ、カール・マルクスはそのオルタナティブを希求していた。
資本主義は、常にそのオルタナティブを希求させるシステムである。T.I.N.A(There Is No Alternative.)ではない。
90年代初頭、マルクスから始まった思想的運動が失敗といわれる帰結に終わり、資本主義のオルタナティブは資本主義と真っ向から対立するものでは不可能であるという認識が広まった。資本主義のオルタナティブは、資本主義のツールを利用してデザインされるべきだという方向性を、ITベンチャーの成功者たちは示している。
ITベンチャーの成功者たちが持っていた最大のリソースとはなにか。言うまでもなく、情報技術だ。情報技術の飛躍的発展により、これまで市場経済が失敗してきた領域を補完することが可能になった。情報の非対称性と呼ばれるタイプの市場の失敗だ。
インターネットは、NPOなど資金不足主体と、資金過剰主体の情報の非対称性を解消し、彼らをマッチングすることを低コストで実現した。例えば、ITベンチャーの成功者、ハリー・グルーバーがCEOを務めるキンテラ社の情報技術が可能にしたNPOの資金調達額は、次の図のように大きく増加している*1
ところで、伝統的な経済学では、労働により得られた賃金を余暇において消費に充て効用を最大化させるモデルがある。しかし、限界効用は逓減し、消費量の極限において限界効用は0に近似される。ITベンチャーの成功者たちはこのような状況に置かれていたのではないか。この市場という方法では追加的な満足がもはや得られない状態で、彼らは満足の源泉を消費とは別の価値に置くようになった。
市場の外側に目を向けたとき、公/私の二分法が解体し始めていた社会という領域があった。そもそも、伝統的な経済学は、市場では扱えない問題は政府が担うべきだという当為は述べていない。その領域を彼らの目から見渡せば、市場の内側で培った技術を活用できる可能性が広がっていた。実現できる可能性の幅が大きいほど、技術も技術者の喜ぶに違いない。彼らはそこに、資金だけでなく、ITスキルや経営ノウハウといった資源を投入し、なんらかの欲求を充足させ、満足を得るようになった。
市場の失敗した領域で市場の恩恵に与れず規模の小さな活動を余儀なくされていたNPOらは、こうして、市場の恩恵に浴するリンクを得たのだった。

*1:出所:SUCCESS STORY | Reaching New Heights in Online Fundraising http://www.kinterainc.com/atf/cf/%7B168B193F-C7D9-4A4D-85D8-E97CAA9AC3A3%7D/HANCOCKSUCCESSFINAL.PDF