舌下 ―あなたという安心と恐怖―

フロイトはコカインを常習していたと聞く。

酩酊は、私とあなたの間の壁にある亀裂を見ることを可能にするのだと思う。
その向こうに見えるのは、大抵はどうしようもない闇。どんよりと「私」におさまりきらずまとわりつくような薄片。

舌下のロヒプノールもまた、甘美な苦味とともにそんな酩酊をもたらす。

徐々に、私に与えられた存在を構成し存在者たらしめる私の能力がはげ落ちていく。

存在を存在者として、私の認識の枠内に閉じこめることは私が持ちうる最大の愉悦で安逸。

すべての存在がワカラナかったら、ひとは吐き気とともに気を狂わすだろう。

しかし、そうしてすべてを私の認識の枠内に閉じこめる暴力は、あなたをみえなくする。
あなたとの壁を越えることの不可能な断絶としてしまう。

それはとても孤独で、ひとはその孤独故に、不可能と知りながらあなたのすべてを欲する。


ただ、ひとつの可能性はその亀裂。陶酔の見せる、「個体化の原理」の彼岸。

そこへの到達は激しい生殖の高揚感に似た安逸もたらす。

しかしそこにともに、同時に打ち破られた私の核の拡散に恐怖する。

ひとは、孤独で、あなたに無関心でいられない。常にだれかを求めている。
けれど、その真に触れてしまったとき、ひとはまた、恐怖する。

あなたとは、近くにいて欲しくて、同時に近くにいて欲しくない存在。

孤独は苦しいけれど、あなたに真に出会うと今度は私は私の核の拡散に怯える。

ひとは、常にあなたを求めながら、常にあなたを拒否している。

さぁ、舌下のロヒプノールは脳に到達し、私を認識の彼岸へと導く。

それは、この上ない安逸で、同時にこの上ない不安。

あなたはとても近くにいて欲しく、とても遠くにいて欲しい。

孤独の不安と安逸の狭間に揺さぶられながら、誰しもがあなたを求めながら拒否する。

喉が、渇く。