「ありがとうございます」と一瞥し席に戻り、バッグに入れていた森鴎外の『杯』という短編を開いてみた。

綺麗な川水を綺麗な銀の大きな杯で飲む7人の少女。その目はキラキラと輝いている。

そこにやってくる異人風の8人目の少女。
彼女は懐から溶岩を固めたようなごつごつした小さな杯を取り出す。

7人の少女は口々にその杯を批判する。
「ずいぶん不恰好ね」
「汚いわ」
「そんな小さな杯じゃとても飲めないわ」
「私のをお貸ししましょうか」

7人の少女はケタケタと笑う。


しかし、8人目の少女は言う。

“Mon verre ne pas grand. Mais je bois dans mon verre.”

「私の杯は大きくはございません。けれども、私は私の杯でいただきます。」


銀の杯でなくていい。皆と同じ杯でなくていい。皆に認めらない杯でいい。自分の、自分だけの、自分にしかわからない杯で頂けばいい。

そうか、そうだよな。

そう思うと、今まで心を押さえつけていた心の塊が少しずつ溶けていくのを感じた。